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脳が活性化しない入試問題
 著作者からの苦情もよく寄せられる国語の入試問題ですが、これを読むときは、「自分を殺す」必要があります。

 つまり、読み手が何を考えている人間であるかではなく、出題者が何を意図して問題をつくっているかを読み取ることが問題を「解く」上で重要なので、「こうも考えられるのではないか」「この考えはおかしいのではないか」などという「意見」をもつ必要がないわけです。
(「良問」といわれる問題はまた違うのでしょうが)

 こういう読解をしていると、自分の脳の機能の一部が停止しているような感覚におそわれます。
 
 素材となった文章を読むのも受身、問題を解くのも受身では、どうしても「やらされ感」ばかりが募ってしまう。

 「教育失敗学」の方で一年前に書いたことですが、新しい製品のデザインを、専門家に考えてもらった場合と、そのような経験のない人に考えてもらった場合について、それぞれの脳の活動を比較すると、専門家の脳は一部しか使われていないのに対し、デザインづくりが新しい体験になる人は脳全体が活動していることがわかっているそうです。
 このことから、脳全体を活性化するには「新しいことへのチャレンジ」が最適であることがわかります。

 脳の一部しか使わないのであれば、効率的なのかもしれませんが、その人の才能が全部生かされているとは限りません

 創造的な活動をすることによって「やる気」「意欲」を高められるようなタイプの人は、このような国語の入試問題にどのように対処したらよいのでしょうか。

 一つのアイデアとして、多少、時間のロスも出ますし、問題の質によっては悪影響があるかもしれませんが、「自分だったらこの箇所から設問を考える」と意識しながら文章にとりかかる、というのはいかがでしょうか。

 選択問題などは、「文章に書かれていないこと」「極端な表現」が入っている選択肢は消す、などのテクニックで解けてしまうことがあるので、選択肢はあえて読まずに、自分なら正解をこのようにつくる、などと考えてもよいでしょう。

 問題を解くというそのプロセスで能力が高まっていく実感を得たいというのは、よくばりなことでしょうか。
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テーマ:学習
ジャンル:学校・教育
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