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知の筋力強化-7 比較
 日本の歴史を考える場合,「比較」の対象になりにくい文化というのがあります。

 それは,欧米文化です。

 日本の一般的な歴史観,教科書等のつくりなどから,日本の「近代化」は「遅れた日本からの脱皮」という価値観が定着しすぎていて,当時の欧米文化を日本の伝統的な文化ときちんと(=「知の筋力をもって」)「比較」するという習慣は全くと言っていいほどないと考えられます。

 「比較」の対象にならないのは,たとえば「欧米化」の道を全速力で進もうとしていた日本人を「」として描いたビゴーなどの欧米人の風刺画に,何の違和感もなく「恥ずかしい劣った日本人」というイメージと重ねてしまうことも背景にあるのでしょう。
 欧米人から見た「醜い日本人」像を,「それは誤った日本人観である」「それは欧米人による偏見である」という態度で扱う教師や,そのような発想を生徒に促す教師はほとんどおらず,何の疑いもなく完全に欧米人の価値観に乗っかった上で「馬鹿だね・・・」のようなコメントを引き出してしまうのが一般的でしょう。

 このような見方・考え方を今の教師のせいにしてしまっては気の毒なのかもしれません。
 それは,当時の日本人もその「醜く劣った自分たち」を自覚していた面があったからです。
 
 これを「精神的外傷」と呼ぶとすれば,その傷を癒すことが,知的で正しい「比較」という作業をする前提となりそうです。

 ただ,「美的欠点」と「精神的な欠陥」の両方が脳裏に焼きついてしまっていますから,現在でもテレビのコマーシャルで(最近はアジアの女優も起用されていますが)美しい女性の姿,髪の毛などが「白人女性」によって印象付けられていることからも,その傷の深さ,傷を癒すことのやっかいさがわかるでしょう。

 偏見固定観念に縛られている状態は,肥満ややせすぎで「知的な筋力を生かした脳の運動」ができないのとイメージは同じです。

 普通,偏見や固定観念というのは相手を蔑むために形成されるものが多いのですが,日本人の場合はその逆であり,もちろん相手を蔑むそのタイプの心理的欲求をしっかりコントロールしながら,知が正常に機能するよう,努力していくことが求められています。
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テーマ:学習
ジャンル:学校・教育
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