スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「なぜ勉強しなければならないのか」という問いがなぜ発せられるか
 「なぜ勉強しなければいけないの?
という問いには,「今はしたくない」という気分の表明から,本当の哲学的な問いまで,様々なレベルが考えられますから,まず相手のレベルを考えなければいけないのですが,学校では,

 「勉強」=「」と感じないコツ,
 「勉強」=「」だからこそ感じられる満足,
 「勉強」=「」になる本質的な理由

などを考えさせることができます。
 様々なレベルの「なぜ勉強?」のうち,

 「どうせ,テストでやったらそれで終わりでは?」という問いへの回答として,「習得ー活用ー探究」サイクルの説明を新しい法令や中教審答申,学習指導要領では用意しています。

 まだ文科省の「全国学力調査」を受験していない子どもたちも,その機会に「学習とは何のためにあるのか」がわかるような体験ができます。

 シールやポイントをためるために勉強する?
 先生に気に入られるために勉強する?
 お小遣いを値上げしてもらうために勉強する?
 志望校に合格するために勉強する?
 友達よりも上位になるために勉強する?


 こういうのを「外発的動機付け」といいます。

 「なぜ勉強しなければいけないの?」という問いを発するのは,「本当の勉強」への入り口にさしかかっている証拠ですので,「勉強=必要」論でも「勉強=必然」論でもなく,「勉強=自然」論に到達するまで,とりあえず勉強を続けてもらうのが一番でしょう。
スポンサーサイト
テーマ:学習
ジャンル:学校・教育
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。